教育社会学の勉強・備忘録

教育社会学のお勉強メモ。Macユーザーのための記事もたまに書きます。

学習指導要領はどうやって決まるのか(文部科学大臣と中央教育審議会の関係を踏まえて)

恥ずかしながら、学習指導要領がどのような過程を経て決定されるのかを知らなかった。ので調べた。加えて、数学教育を例にして、カリキュラムをどうやって社会学的に考察しようか、という試論、というかぼやき?

下の方に初学者のための用語解説も付けました。ただしその正しさは保証しません。

学習指導要領はどうやって作られるのか

まずは文科省のページを見ると、学習指導要領ができるまで:文部科学省というページがあった。

このページの図によれば大体の流れは以下のような感じらしい。

  1. 文部科学大臣中央教育審議会に「新しい学習指導要領を作って欲しい」と諮問
  2. 中央教育審議会はそれを受け、教育課程部会で議論する
  3. 審議のまとめが公表される
  4. それに対しパブリックコメント等が付される
  5. 中央教育審議会がそれまでの経緯や結論をまとめたものを答申として提出する
  6. 学習指導要領改定案が公表される
  7. パブリックコメント等が付される
  8. 文部科学大臣が公示する

それぞれのフローの段階ごとに、その内容をまとめた文書が公開されている。

平成22年公示(実施は23年から)の改訂学習指導要領の場合は以下のような文書がそれにあたる。

  1. 今後の初等中等教育改革の推進方策について
  2. 各部会のまとめや議事録
  3. 教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ
  4. 「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」(平成19年11月7日)に係る意見募集の結果(概要)
  5. 幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について(答申)
  6. 幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案、中学校学習指導要領案関係資料高等学校学習指導要領、特別支援学校学習指導要領等改訂案関係資料:文部科学省
  7. 学校教育法施行規則の一部を改正する省令案並びに幼稚園教育要領案、小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案等に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の結果について
  8. 新学習指導要領(本文、解説、資料等)

一応こういったフローがあるとされてはいるものの、それぞれの段階では当然裏で動いている人たちがいるでしょう。文科大臣が「新しい学習指導要領を作って欲しい」と諮問を出すにも、文科省の上層の役人さんの意見や、NIER(国立教育政策研究所)内部での研究・会議・報告を経ていると考えるのが妥当です。

特に実際に細かい教育課程の内容を考えるためには、当然、学問的・専門的な知識を持っている、大学教授などの学者や実際に学校で働いている先生による綿密な構成作業が入用です。

ではこういったたたき台というか具体案の作業はどこでやっているのかというと、おそらくNIERの教育課程研究センター:国立教育政策研究所ではないのかな、ということです。(mac_wacさんご指摘ありがとうございます。)

教育課程研究センターのページによれば、

教育課程研究センターは、(1)初等中等教育の教育課程に関する政策に係る基礎的な事項の調査及び研究、(2)国内の研究機関、大学その他の関係機関との連絡及び研究、(3)国内の教育機関及び教育関係者に対する初等中等教育の教育課程に関する援助及び助言などの業務を行っています。 具体的には、全国学力・学習状況調査文部科学省との共同実施、教育課程実施状況調査、特定の課題に関する調査、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)、評価規準・評価方法等の研究開発、研究指定校・地域指定事業及び指導資料・事例集等の編集などの事業や、教育委員会、学校、教育関係者に対するカリキュラムや指導方法についての支援を実施しています。

ということですので、カリキュラム編成の具体的な部分はNIERで行われているのではないでしょうか。教育課程研究センターの研究開発部に所属している研究者のリストを見ても、現職の学校の先生や大学教授などがいらっしゃるようです。研究者紹介:国立教育政策研究所

数学教育と学習指導要領

今まで述べてきたように、学習指導要領といっても一枚岩ではなく、それぞれの教科ごとにNIERの研究所で練られた案が中教審の専門部会を通って、パブリックコメントも付されて色々な「力」が働くことは火を見るよりも明らかでしょう。より詳しく決定過程を見ようと思うとかなり骨が折れそう。

自分の関心は「算数・数学のカリキュラムの社会学」なのであるが、例えば「数学の現代化」、すなわち集合論・確率・統計学などの現代数学を取り入れようとする1968年改訂の指導要領の動きを見ようと思ったら、議事録、さらにはNIERでの決定過程(おそらく非公開ですが)まで見ていく必要があるんだと思う。

アメリカではスプートニク・ショックの後にコレはヤバいということになって数学の現代化が進んだ、という話もあって[要出典]、人間が考えだした中でも究極に体系化された(と僕は思う)学問である数学のカリキュラムでさえ、それは政治的に思えてくる。

あるいは最も直近の改訂ではゆとり教育の反省からか、基礎基本に立ち返りながらも、身近なモノを使って算数・数学を考えようとか、考え方を大切にしようとか、言ってみれば非標準的な能力の形成を図っているように見える。

学習指導要領解説を読んでもわかるように、新しい学習指導要領では現実的な例を使って数学的概念を理解させようとする意図がよく現れていて、新しい教科書にも、例えば比例の章では「シュレッダーで切った紙の重さから使った紙の枚数を考えよう」みたいな例もあった。

少々穿った見方かも知れないが、学校で実務能力を付けさせよう、という政治的意図が垣間見えないこともない。こう考えると、数学のカリキュラムであっても多分に政治的なものに思えてくる。

(「現実的な数学」といえばオランダの「Realistic Mathematics Education」という教育理念が有名(多分)だけれども、「水辺の藻が殖える早さ」から対数概念を理解したりとか、そういった例が教科書に乗っていたりするそう。)

もちろん、アカデミズムとしての数学は政治的ではないはずで、正統な数学の体系は確立している。さらに言えばアカデミズムの数学は必ずしも実務的なものではない。

ポリティカルな数学とアカデミックな数学は、どこでどう交わるのであろうか。

用語説明など

ここに出てくる用語やその意味はあくまで自分なりの理解なので、間違ってる可能性が大いにあります。指摘のコメントお待ちしています。

中央教育審議会に諮問」「中央教育審議会の答申」とは?

まず「文部科学大臣の諮問」とは、文科大臣が何らかの問題について専門家などの意見を聞くために、種々の委員会などに意見を求めること。

この場合の委員会とは、具体的に言えば「中央教育審議会」(以下中教審)で、「国家行政組織法」第八条によって制定された政令「中央教育審議会令」を根拠として、教育に関する議論を行うための専門機関として文部科学省に置かれる。(文科大臣が諮問を出す委員会は中教審以外にもあるのかもしれませんが、その辺に関してはよくわからないです。)

「これこれこういう問題があるので、議論をしてください」と諮問を出された中教審は、数ヶ月から数年ほどの議論を経て、現状認識や問題点、結論などをまとめた「答申」を文科大臣に返す。この答申はあくまで委員会の意見であり、文科大臣はそれにしたがってハンコを押す法的拘束力はないけれども、実際に政策として実行されることが多い。教育学界でも答申の内容は重要なステークホルダーとして認識されている。

「教育課程部会」とは?

中教審自体も専門的な議論を行う分科会や部会を持ち、たとえば小中高校について議論を行う「初等中等教育分科会」や、社会教育(社会科教育ではなく、図書館や公民館、博物館のことなど)なんかについて議論を行う「生涯学習分科会」などがある。

分科会の設置は上述の政令で規定されているが、部会の設置は中教審の権限なので、「部会が必要だ」と思ったらその都度設置されるんだと思う。ただ人選の問題とか予算とかも多分あるので、設置する前には非公式に文科大臣、担当事務官とすり合わせとかしているんだと思う。

去年の2012年9月には、文科大臣が8月28日に提出した諮問「大学入学者選抜の改善をはじめとする高等学校教育と大学教育の円滑な接続と連携の強化方策について」を受けて、「高大接続特別部会」が設置されたりした。

中教審の構成図を見ると結構いろいろな部会があることがわかる:(参考)中央教育審議会の構成(第6期):文部科学省

「教育課程部会」は数ある部会のうちの一つで、「中教審 > 初等中等教育分科会 > 教育課程部会」という構成になっている。教育課程部会もそれぞれの教科ごとに部会を持っているようで、いくつか抜粋すると以下のようなものがあった。(それぞれの部会が教育課程部会の下にぶら下がっていないのは、政令では部会の部会が作れるようになってないからだと思う。)

  • 教育課程部会 総則等作業部会
  • 教育課程部会 算数・数学専門部会
  • 教育課程部会 家庭、技術・家庭、情報専門部会
  • 教育課程部会 豊かな心をはぐくむ教育の在り方に関する専門部会
  • などなど全部で24部会

議論全体の流れは、(中教審の会議→)部会での会議→分科会での会議→中教審での会議→中教審答申、という感じなんじゃないでしょうか。

ちなみに中教審や分科会、部会などの会議は文科省の会議室とか外の会議場とかで行われているみたい。公開されているので申し込めば傍聴することもできる。